剣の修行だよ

 何気なくYouTubeを見ていた。道場を舞台に繰り広げられるドリフの名物コント。対峙する2人の剣士。両者竹刀を手にして構えている。いかりや長介さん扮する師範に、ドリフのメンバーが1人ずつ立ち向かう。もちろんコントなので面白おかしくだ。膝を付いて礼をしてから始まる。礼の後に立ち上がる前、いきなり師範を竹刀でバッサリ。

 話は変わって井上雄彦の漫画、「バガボンド」。週刊誌での連載は止まっているようだが、連載中は読んでいた。この漫画にも剣士が主人公として登場する。吉川英治の小説「宮本武蔵」を題材として、孤高の剣士の人となりが数々の手練れ達との交わりを通して描かれている。誰よりも強くなりたいと田舎を飛び出して流浪の旅に出る青年、宮本武蔵。剣術の世界の常識など知らず、生意気にも名門と言われる道場に飛び込んでいく。そして己の力の無さを痛感し、最高の剣士を目指す為の修行に身を投じることになる。

 僕がこの漫画を気に入っている理由は二つ。まずは絵が綺麗だということ。綺麗というのは、とても躍動感が感じられるという意味。登場人物達が武器や体術を駆使して闘う場面が出てくるわけだが、彼らの身体の動きがとても活きいきしている。二つ目の理由は、武蔵と彼の前に立ちはだかる、もしくは闘わずとも彼の旅の道中に関わることになる、人達とのやりとりを通して武蔵がより人間らしく変化していくところだ。

 上京する数年前に、一度仙台まで日帰りで出掛けたことがあった。東北地方に行ったのはそれが初めてだった。通りに並んで生えている背の高い木々が青々としていてとても綺麗だったのを覚えている。弾丸旅行の目的は、せんだいメディアテークにて開催された「井上雄彦 最後のマンガ展」。当時もバガボンドはまだ連載中だったが、武蔵の人生最後の日々を大きな画材を使って飾った展覧会だった。往復の新幹線代が想定以上の出費だったが、それ以上に感慨深い体験になった。

 剥き出しの野性を持って故郷を飛び出した武蔵。相手を切り続けることこそが唯一の最強への道として固執し続けた日々。決定的な負けを機に、武蔵は生きるか死ぬかのいわゆる、殺し合いの螺旋に自ら身を投じて行く。剣術こそ全てと見立てていた彼も、その細く険しい道に疑問を抱く。勝った負けたの先にある人間の強さとは何か。そこにこそ彼がずっと求めていた答えがあるのかもしれないと。

 仙台のマンガ展は、そんな武蔵の最後の時を描いている。闘いと苦悶の果てに訪れた邂逅がそこにははっきりと描かれていた。土産に買った牛タンを帰りの電車で食べながら、目に焼き付けたマンガ展の一枚一枚を思い出していた。

 冒頭でドリフのコントに少し触れた。いかりや長介さんが虚を突かれて竹刀で叩かれていたが、コントとは別でそこに勝ち負けの残酷さを見た。真剣であったらと想像したら、笑える状況にはならない。そしてそれ以上に、笑いという辛い状況を跳ね返す人間らしい感情の尊さを思わずにはいられなかった。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

読書

前の記事

「セロ弾きのゴーシュ」
育児

次の記事

丸文字の育児記録