正論と現実の狭間で、筋トレだ!

 「それは正論だけど…」、前の職場でよく言われた。間違っていると思うとどうしても納得できない性格。口に出さなくても表情に出てしまうから相手からしたら面倒臭い人間だっただろう。組織の中で協調性を発揮しながら働くというのはどうも得意ではないと思う。現実はとても厳しい。僕がどんなに正論を振りかざしても、それだけでは物事全てが動くわけじゃない。僕個人が悩んだところで仕方がないほどの現実とのギャップに苦しむくらいなら、筋トレで発散だ。

 何事もいつでも思い通りになるわけじゃない。結婚して子どもができる。そして何か大人のいざこざが起こると被害を被るのは大抵は子ども達だ。夫婦喧嘩や離婚問題、家庭内暴力。幸いなことに僕の両親は今も実家で仲良く生活しているけど、そんな両親が喧嘩しているのを子どもとして目の当たりにするのは気持ちのいい場面ではない。僕だけかもしれないが、自分の親は自分が生まれる前からずっと何のトラブルもなく仲良しだと思っていた。

 父も母も人間だ。理性もあれば、その理性でコントロールし難い感情を抱くことだって当然ある。その現実を受け入れるのに少し時間がかかったけど、段々そういうものなんだと思うようになった。波風立っても結果的に今も一緒にいるのだからそれでいいじゃないかと。揺られても押されても繋いだ手さえ離さなければ。

 在宅勤務になって通勤で外を歩くことがなくなった。通勤時間のほとんどは電車に乗っているので、歩くと言ってもそこまで負荷が高いわけじゃない。それでも習慣というのは大きい。ぼーっとしていると家で数時間椅子に座りっぱなしのこともある。会社に行けば周りに人もいるし、昼食や休憩の為に人が動き出すので、それを合図にメリハリよく行動しやすくなる。

 家にいると極端な話、いつでもトイレにいけるし食事もできる。休憩も取れる。あくまでも休憩なので好き放題するわけではない。就業規則内での行動が認められているといったところだ。世界的な今の状況を考えれば、本当にありがたいことなのだけど運動不足になる可能性は拭えない。職種によるが今の僕の仕事だと8時間座りっぱなしというのは身体的な負担は少ないが、刺激がないのである意味辛い。

 近頃はそんな生活がしばらく続いている。時々外に出るととても気持ちがいい。背伸びをして大きく息を吸い込んでみる。縮こまっていた筋肉が伸ばされ、筋繊維の中まで血液が勢いよく通うような気分になる。今日はリュックを背負って腕立て伏せをした。数日やっていなかったので重かった。でもかなり集中できたのでもやもやしたものが失せた。

 人間はよくも悪くも環境に適応しながら生きていく。環境は人が自分で選ぶ。悩んでいたって状況は変わらないから。状況を変える為に行動し続けよう。行き詰まったら身体を動かして。

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