燃える命で手綱を引き、「運命」を駆ける

 人は生まれて、いつか必ず死ぬ。それ以外に最初から決まっていることなどあるだろうか。親との関わり方、入学する学校、生計を立てる術、結婚相手、そしてそれらを通した個人の生き方。それはこういうものだ、と言っている人がいるが、本当にそれが唯一の解なのだろうか。最適解ではあるかもしれない。その答えを導く為に知識や経験を元にして言っている人もいるから一概に否定はしない。否定はしないが、頭っから全てを肯定もしない。僕がどう生きるかは、僕自身で最後まで決めたい。

 上京して5年が経った。実家にいた時には想像もしていなかった経験もした。妻と出会って結婚し、そして父親になろうとしている。両親は大きな病気もせず、実家で元気に過ごしている。2人ともまだ現役で働いているが、僕らの子育て全盛期ほどは体力がないのも事実だ。去年の12月に会ったきりなので、色々落ち着いたら顔を見せたいと思っている。

 僕は両親にとって最初の男の子、つまり長男だ。僕自身はあまり意識していなかったが、世の中はまだまだ長男が親と同居、もしくは近くに住んで面倒を見ることが多いらしい。確かにそのほうが、親にとって何か会った時に頼れる身内が近くに入れば安心なのはわかる。今からでも実家に帰って両親と同居することは、仕事の都合を別にすれば困難ではない。ただ僕は東京が好きだ。東京に住み続けたい。身の丈に合わないと思われるかもしれないが、住みたい街で愛する人と自分らしく生きたい。

 生まれた街が嫌いなわけでは全くない。僕が生まれ育った家、両親が結婚してから引っ越すまで住んでいた家のことだが、借家だったので建物はもうない。借家が建っていた場所は今でもはっきり覚えているし、海辺の街だったので潮風もその海も好きだ。東京には、同じような光景はない。それでもこの街が好きだ。夜、夕陽のようなオレンジ色に照らされた東京タワーを見るのが好きだ。東京の夜景は少し明る過ぎるが、行き交う人々の様々な生業を照らし続けている。

 そもそも好きな理由なんてはっきり言葉にできるものだろうか。そこにはもっと原始的な、感覚的な価値観が働いている。曲がりなりにも、丁寧に時間を積み重ねてきた僕自身の答えだ。両親にはとても感謝している。大学にも行かせてくれたし、在学中に1年間海外留学もできた。こうしたいと思った時には、反対されたことはほとんどなかったし今も実家に帰ってきてほしいとは言わない。帰ってきてほしいと思っているかもしれない。でも僕は万能ではない。関わった人全ての期待には応えられない。

 僕は、たとえ自分と同じ苗字を持つ人間が世の中からいなくなったとしても、僕らの子孫がより豊かでのびのび自信を持って生きられるほうがいいと思っている。苗字は自分で決められないが、僕が直接両親から与えられたのは名前だから。僕は両親に育ててもらった日々で学んだ志しを継いでいきたい。それが両親の望む形ではなかったとしても、自分自身で決めたことは最後まで信じる。

 命を運ぶと書いて「運命」。僕は今手綱を握り締めて、一本道を駆けていく。

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