宮部みゆき、「小暮写眞館」を読んで(初回)

 宮部みゆきさん、この小説を書いて頂いてありがとうございます。とても心地いい物語でした。

 閉店が近づく古本屋の小説コーナーでこの本を手を取った。700ページ以上の分厚さに、読もうかどうか少し躊躇した。僕はいつも小説の冒頭と最後の一文を読んだ印象で、読むかどうかを決めている。結論から言うと、とてもいい印象で読んで見ようと思わせてくれた。

 祝日で週末三連休になり、定期的に読書に耽っている僕も、今までとは一味違う物語を読んでみたいと思っていた時だった。中古の小説の値段から、更に三割引きで購入した「小暮写眞館」。その主人公は4人家族の男子高校生だ。変わり者の両親と弟と暮らしている。元は古い写真館兼住居だった中古の物件をどういうわけか両親が購入し、新しい街での生活が始まる。

 一家が住むことになる新しい家は、元々写真館だったことがキッカケで、不思議な出来事や写真館に縁のある人々にまつわる物語が展開していく。主人公が通う高校の友達も、個性的で憎めない人物が次々と登場する。家の購入でお世話になった不動産屋で働く人々との交流でも、物語は進んでいく。

 僕が特に心打たれたのは、主人公と不動産屋に勤める年上の女性との話だ。当初、彼女はお世辞にも人当たりのいい人物とは言えず、主人公自身もよくは思っていなかった。しかし彼女を発端としたある出来事に偶然居合わせたことから、ふたりの関係性は少しずつ変化していくことになる。詳しい内容はぜひ小説を一読して頂ければと思う。

 今でこそ僕は年上の妻と一緒になったが、以前は年下の女性が好みだと思い込んでいた。大学生になって初めて彼女ができたが、年下がいいと周りに吹聴していたにもかかわらず、彼女は年上だった。数は多くないが、それなりに恋愛をして苦い思いもしてきた。片思いでいる間は、前にも後ろにも動かない状態で、微熱を患ったような気分になる。ぼーっとして気持ちがスッキリするわけではないのだが、行動を起こせば必ず結果が付いてくる。今までの関係性が損なわれ、もう二度と元には戻らないかもしれない。そんな危険を犯すくらいなら、今のままでいいと願うこともあった。

 「小暮写眞館」には、駅と電車の写真が装飾されている。駅で停車している車両も、時間がくれば次の目的地へ向かって走り出す。僕らは何度も立ち止まって迷いながら、二度と戻らない思い出に寄り掛かる。そしていつかはそれにさよならをして、また歩き出す。少し時間を開けてもう一度読みたいと思う。その時はまた違ったことを思うかもしれない。3月の穏やかな風の中で、ページをめくりながら。

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