赤のLC

 LEXUSのLCを僕が初めてこの目で見たのは、ミッドタウン日比谷だった。確かその日は映画館に出かけた帰りだったと思う。車のディーラーと物販コーナー、そして飲食スペースが統合されたような場所に真っ赤なLCが展示されていた。運転席に座ってハンドルを握ることもできた。LEXUSの車の運転席に座るのは初めてのことではない。まだ実家で暮らしていた時に、県内のLEXUSディーラーに出かけたことがあった。当時LCはラインナップされていなかったが、現在も続く他の主力車種は大方展示されていた。LEXUSの隣がトヨタのディーラーで、最初にトヨタの車に試乗させてもらい、そのままLEXUSへ移動した。試乗させてほしいと伝えると、いくつか乗れる車があるが希望はあるか尋ねられた。僕は乗れる車には全て乗ってみたいと正直に伝えた。

 我ながら厚かましいお願いだったと思う。家族で共用していた軽自動車を駐車場に停めて軽装で降りてくる僕を見れば、LEXUSを所有する経済力はなさそうに見えたかもしれない。でもその時も今も、ただ純粋に車を運転するのが好きということには変わりない。ダメ元で答えたら、試乗車のほぼ全てを運転させてくれることになった。但し希望の台数が多いからその中の1台を除いて、他の車は敷地内での走行という条件になった。僕は全くそれでも構わなかった。ハンドルを握らせてもらえるだけで楽しかったから。最後の1台を運転し終えたら、やはり家から乗ってきた軽自動車に乗り換えて帰路に着いた。それ以来LEXUSの運転席に座ることはしばらくなくなった。

 ミッドタウン日比谷自体が新しい建物で、外も中も綺麗に仕立てられているからか、余計に展示されているLCが輝いて見えた。恐る恐る近付いて運転席側のドアを開ける。1,000万円を軽く超える価格の車と言われても正直ピンとは来なかったが、運転席に座ると確かに僕がそれまで運転してきたどの車にもない雰囲気が漂っていた。エンジンを始動させて走る出すまでもなく、その車の潜在的な運動性能を感じさせるデザインとも相まって、その空間にいるだけで簡単に僕を興奮させた。感触を忘れないようにとハンドルを両手でぎゅっと握り締めたら、ドアを開けて車から降りた。すぐ隣の店でビールを1杯注文して、赤いLCを眺めながらいつか自分で所有できたらと妄想に浸っていた。

 そして昨日は毎月通っている息子の用事で池袋に出かけていた。サンシャインシティの駐車場に車を停めて、歩いて目的地まで息子を連れていく。今回は妻が息子に付き添うことにして、その間僕は適当に時間を潰すことにした。思ったよりも早く、時間にして30分くらいで再度2人と合流できて車に乗り込んだ。月に1回でも毎月運転して走っていると、池袋近辺の交通事情が少しは分かるし走りにくいという感覚も薄れてくる。地下駐車場からゲートを潜って地上に出た後、すぐに一般道を走ることになった。大きな通りに出る為に信号待ちをしていると、目の前に同じく信号が変わるのを待っている赤色のLCが停車していた。ブレーキランプが点灯して奥行きのある造形を浮かび上がらせている。車高は見るからに低く、今か今かと走り出せる合図を待ち構えている獣のようだった。

 信号が変わって赤のLCが走り出した。僕もそれに従うようにして進んだ。途中で走行する車線が隣同士になり、LCの真横に僕の運転する車が並んだ。後ろからだけでなく、横から見ても他とは違う特別な存在感が際立っていた。ワインレッドのような深みのあるボディカラーとも相まって、車から妙に色気を感じたのは自分だけだろうか。交差点の信号が変わると、LCは直進し僕は左折した。有給を取ってはいたけど平日の金曜日だから、当然のように街には人が溢れていた。陽が落ちるのがかなり遅くなったからか、彼ら彼女らの顔の表情が分かるくらいだった。でも走り去っていったLCのことが頭から離れなかった。ごろごろと鳴るエンジン音が、いつまでも響き続けていた。

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