起きたのは僕の声
父の誕生日を皆で祝うことになった。できることなら実家に全員で集まって、蝋燭の火が灯ったケーキを囲んで歌を歌いながら盛大にと思ってはいるけど仕方がない。直接会っているわけではないが、顔も見えるし声も聞こえる。スマホのテレビ電話機能を使って細やかではあるが、おめでとうと言うことに決めていた。仕事の予定や結婚して子どもがいれば寝かしつける時間も同じではない。多分今は月齢が低い僕の息子が、父からすれば孫の中で一番眠るのが早いはずだ。事前に連絡を取り合って夜の8時に電話することになっていた。了承はしたものの、8時という時間は息子が寝ていることが多く、確実に電話に出られるかは何とも言えなかった。あわよくば眠らずにいるか、タイミングよく起きてくれればと考えていた。
子どもは中々親の思い通りには寝起きしないものだ。きっと父は孫に会うのを楽しみにしているから、8時に皆で顔を見せられるように午後の昼寝の時間を長めにして、夕方の風呂上がりにすぐ眠たくならないようにしたつもりだった。つもりだったということは、その通りにはならなかったということだ。予想に反して当日は寝付きが良く、8時になる前に目を閉じて眠り始めてしまった。日中長めに寝ているからすぐに起きるだろうと思っていても、気持ちよさそうに眠ったままだ。8時が近づいて来てはいたが、無理矢理起こさずに万が一起きて機嫌がよければ電話に出ることにした。テレビ電話が始まったことが表示されてからも息子の様子は変わらなかった。
電話が始まってから10分が経とうとしていた。画面の表示を確認する限り参加していないのは自分達だけだった。息子を寝かせたまま電話に出て話をすれば簡単に起きてしまう気がしたので、ワイヤレスイヤホンを付けて皆の声を聴こうと思った。彼が寝ている部屋から離れ洗面所に入って扉を閉めた。テレビ電話に参加して画面を見ると、案の定そこには父も含めて皆が映っていた。口々に息子の名前を呼ぶので、寝ていることを伝えて僕は声を出さずに寝ている布団にゆっくりと近づいた。息子の寝顔をスマホのカメラで映しながら、喋らずに皆の話を聴いていた。そのまま起こさずにいるはずだったが、不意に僕が会話に参加して声を出したことで息子が目覚めていた。
画面越しの皆に息子が起きた様子が伝わる。寝起きの割には機嫌は悪くなさそうだ。次々と息子の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。画面の中で動く僕の父を不思議そうに見つめながら、息子はにやついている。画面に向かって片手を伸ばして触ろうともする。マイクのボタンを触って音声が聴こえなくなったり、誤操作で電話から抜けてしまうこともあった。最近できるようになったお座りをしている姿を皆に見せた。お座りだけではなく、独り言のように擬音を発しながら喋っている。ようやく皆が揃ったところで、改めて父におめでとうと伝えた。息子は相変わらず不思議そうな表情だったけど「ありがとう」と返す父の言葉に反応しながら声を上げた。会話の内容はおそらく分かっていないだろうけど、何か楽しそうな雰囲気だということは分かっているようだった。
普段行わないことや、今までできなかったことができるようになった日は夜の寝付きが悪いことが多かった。だからこの日も例外ではなく、テレビ電話終了後は寝かしつけで時間が必要になると思っていた。画面越しの皆におやすみを言った後は、思っていたよりも早く眠りに入った。激しく泣くこともなく、すんなりという言葉がぴったりな眠りだった。親が過度に心配しなくても、これまで覚えさせた生活習慣の成果だと思うようにした。毎日のことではない。1日だけのいつもより1時間程度の夜更かしが原因で、次の日から眠れなくなるわけではない。テレビ電話をしなくても、眠る時間は徐々に遅くなるとのことだった。睡眠時間も短くなっていく。夜の8時まで起きれるようになったのは、きっと体力が増しているからだ。運動量も増えているから、今後の変化にも期待している。