倒れそうで、倒れない
息子と風呂に入った後に夕飯を食べて、彼が母乳を飲んで寝静まったのを確認したら部屋の照明を落とす。ほぼ真っ暗になったローテーブルの上に置いたMacBookの画面だけが光を放っていた。明るさを調節して文字が見えるぎりぎりまで暗くする。部屋の間取り的に、別の部屋でタイピングをするのは難しい。万が一途中で息子が起きてしまっても(大抵1回は起きるのだけど)画面の光が刺激にならなければまたすぐに眠ってくれるだろう。僕は布団を被るとかして明るくならないようにしながら書き続けようと思う。最近は予想に反して起きる回数が減っている。仰向けでしか寝ていなかった時よりも寝相は良くないのに、気持ちよさそうに静かな寝息を聞かせてくれる。素敵な夢を見てくれているだろうか。
ハイハイよりも先に自分で座れるようになってきた。豆椅子に座っている時も、体幹を真っ直ぐにして右や左に身体が傾くことが少なくなっている。スプーンを口元に運んだ時に背中が丸くなってテーブルに顎が付きそうになる時は、僕が姿勢を但しながら息子に声をかける。こちらをちらっと見ながら自分で身体を起こして離乳食を食べている。口の中に食べ物が入っている時には、僕が咀嚼している口の動きを見せながら話しかけている。それで多少は数回分余計にもぐもぐと口を動かせている。動きの真似を素直にしてくれるから、何度も同じことを言う必要がない。次の日に同じようにできるかは分からないが、毎日繰り返すことで少しずつ習慣化しているという手応えはある。
離乳食を食べ終わっても、まったりと過ごすのではなくてすぐに動き出す。おむつを替えようと思って仰向けにしても、じっとはしていなくて寝返ろうとする。力も強くなっているから、息子の足が僕の腕を身体からどけようと器用に絡み付いてくる。でも子ども用のローションのボトルがなぜか気に入っているらしく、持たせるとしばらくは動きが鈍くなる。しばらくと言っても10秒前後くらいだが。その長いとは言えない少しの間に新しいおむつを尻の下に敷いてしまう。後は古いおむつを抜いてテープで新しいのを止めるだけだ。腰の部分がかなりスリムになっているのは、やはり寝返りをして絶えず動き続けるようになっているからだろう。でも決して体重が減っているわけではないから、母乳や離乳食に含まれる栄養は取り逃していないはずだ。
下半身はあぐらをかきながら、腰から上を微かに揺らして床に敷いたウレタンマットの上に座っている。その状態で両足を同時に曲げたり伸ばしたりしている。その動きだけ見ていると1人で座れているように見えるが、後ろを振り返ったりするとそのまま倒れることがまだある。でも痛がるわけでもなく、泣き出すことも少ない。倒れそうになる体勢のままで踏ん張りがまだ効かないようだが、安定して座るまでに時間はそんなにかからなさそうだ。黄色い声を上げながら、床に置いてあるおもちゃを触ったりして遊んでいる。倒れそうで倒れない絶妙なバランスを保ちながら何かを喋っていた。てててててっ、と繰り返しているのは僕か妻どちらかの口真似なんだろうか。声を出すことが増えたのと同じように、顔の表情がより豊かになっている。
重心という言葉すらまだ彼は知らない。でもいわゆる重心と呼ばれる概念を感覚的に理解していて、どちらかに揺れたのと反対方向の動きを無意識に繰り返しているという理解でいいんだろうか。僕はほとんど何も考えずに椅子があれば座れるけど、そこには絶えず揺れ続ける周囲と身体の芯との間で細かな調整が行われている。止まっているように見えても常に動き続けている。バランスを取っているということは、揺れ続けているということだろう。倒れそうで倒れない息子の姿を見ながら、その成長の早さに感心していた。