花粉症ではない、と思いたい
鼻が詰まっている状態を快適と感じる人はいないと思う。そして僕自身も例外ではなく鼻詰まりになっていると何となく気分が悪い。春が過ぎた頃には症状が段々と薄れていって、夏の暑さが厳しい頃には鼻詰まりよりも止まらない汗と格闘し、夏の終わりには寂しさを覚え、深まる秋には調子が上向く。そして少しずつ空気から温もりが奪われていき、冬の寒さが足元から押し寄せる。寒さが少し和らいだと感じるのと同時に、家の中でも外でも花粉や細かな埃に気を使い出している。逆に言えば特定の時期だけうまいことやり過ごすことができれば、1年を通して大きく調子を崩すことはないとも言える。そうと頭では分かっていても、実際に鼻が詰まっている時には思ったよりも余裕がなくなっているものだ。
自分の症状は主に鼻水が出ることと、鼻炎薬を飲むことで花の内側が乾燥しているような感覚になることで出るくしゃみだ。春先のこの時期だけしか目立って出ない症状だから、多分花粉症だろうと自分でも頭では気付いているのに、それを口に出すと余計に症状がひどくなりそうで嫌だった。だから人から花粉症ではないかと言われても、そうではないと半ば意地になって答えていた。市販だろうが医者から処方された物だろうが、薬には頼りたくない。一度でも使ってしまったら、次からはそれらが手放せなくなってしまうんじゃないかと思い込んでしまう。そんなことにはならないのだろうけど、アレルギー反応が起こらないように自分の体質を改善したいと思っている。
そうは言っても症状が出ている間、体質が改善するまで待つにしても短期間では成果は出ないだろうし、待っている間にも不快な症状は続いていく。症状を少しでも和らげて気分良く過ごす為に薬を使うことは、間違った判断ではない。苦しい季節が通り過ぎた後、次の年までに生活習慣を見直す時間はたっぷりあるはずだ。喉も少し痛くなったからドラッグストアに出かけた。以前にも購入したことがある定番の鼻炎薬を一箱持って会計の列に並ぶ。スマホの画面上にポイントカードとバーコードを表示させて自分の番を待った。レジの前に立って商品を店員に渡すと、「同じ成分が入っていて値段が安い商品があるので取り替えますか?」と案内された。どうやらお店独自のプライベートブランドとして販売している薬があるらしい。それならなぜ皆安い商品を買わないのかと聞いたら、「大手ブランドの安心感かもしれませんね。」と彼は答えた。
僕は特にどこかの製薬会社の商品しか買わないといった拘りはないので、店員から勧められた鼻炎薬を購入することにした。錠剤の形が少し違うので僅かながら体内で溶けやすく、効き始めるまでの時間が若干短くなるとのことだった。話だけ聞いているとデメリットはないように思えた。電子マネーで支払いを済ませて店を後にする。まだ午前中だったから家に帰って早速1錠飲んでみることにした。薬剤師だった祖父が、薬を飲むときは水を一緒にたくさん飲みなさいと話していたのを思い出す。ぬるま湯をコップで2杯飲み干して、食道を通って身体の中を降りていく小さな粒のことを考えた。もう表面に水が沁みて溶け始めているかもしれない。胃に到達すれば水よりずっと強いであろう体液が待ち構えている。錠剤が溶ける速さの違いは、きっと僕にははっきりと感知できない。
確かに症状は収まったように感じた。でも翌日になるとやはり鼻の内側が乾燥しているような感覚があって、逆に少しの刺激でくしゃみをするようになっていた。薬を服用する前よりも明確に快適だとは言い切れない状態だった。妻が医者から処方された霧状の薬を試したらと言われたけど、やはり毎年耳鼻科に通わないといけないかもしれないと思って躊躇していた。冷静に考えれば、安全な薬で他の時期と同じように快適に過ごせる方がいいはずなのに、自分は何を意地になっていたんだろう。結局その薬を使わせてもらうことにした。寝る前に使い次の日は市販の錠剤は飲まずに様子を見た。鼻の乾燥を感じることもなく、驚くほど症状が出なくなっていた。最初から素直に頼ればよかったと思うのと同時に、やはり日々の生活習慣を見直すことも考えた。いつだってできるだけ気持ちのいい状態で過ごしたいという思いは今もずっと変わらない。