替え玉選手権
9回も注文を繰り返したけど報酬は何も出なかった。事前に分かっていたことだった。そのラーメン屋で替え玉選手権なるイベントが行われていたそうだ。行われていたというのを人づてに聞いただけで、実際に僕がそれに参加したわけではない。開催期間が過ぎてしまってから、友人と店に出かけた。各席に置かれた野沢菜のキムチを摘みながら、注文したラーメンが運ばれて来るのを待っていた。もし替え玉選手権に出場して優勝していたらどんな商品をもらえたんだろうか。そんな話をしながら、自分は何回くらい替え玉を食べられるだろうかと考えた。食が細いわけではない。むしろ普通サイズではいつも物足りないと感じているくらいだ。大盛りにするという選択肢があるなら、大抵の場合は迷わずに量を増やしている。
上京する前、まだ実家で衣食住を満たしている時期に働いていた職場から遠くない場所にそのラーメン屋はあった。前述の野沢菜キムチは食べ放題で、容器が空になれば新しい物に交換してくれる。それがあれば白飯だけ頼んで充分美味しい思いができたと思うのだけど、出かけた時点でラーメンを食べたいと思っているから、ご飯だけ注文する気にはならない。実際には頼んだラーメンのトッピングとして楽しんでいた。ラーメンの代表的なトッピングと言えばチャーシューだと思っているけど、その店では豚バラ肉が乗せられているラーメンがメインのメニューになっていた。醤油味のスープに少し背脂が乗っている。麺は細くもなく太くもないいわゆる中太麺とでも言えばいいだろうか。油の旨味は感じるが、後味はさっぱりとして悪くないラーメンだった。
その日もいつもと同じように出かけて料理を注文した。替え玉選手権のことが気になっていたから、自分も何玉食べられるか挑戦することにした。もちろん何玉食べようが選手権自体が開催されていないのだから見返りは求められない。完全に僕の興味本位での思い付きだった。ただ見返りが求められないと言っておきながら、実は選手権の優勝者並に食べられれば店側から何かあるのではないかと、期待を全くしていなかったと言えば嘘になるだろう。とにかく僕の挑戦は始まった。僕の胃袋は宇宙でもブラックホールでもないので限界はどこかで必ず迎えるのだけど、自分1人ではないし食べ過ぎて動けなくなっても誰かが何とかしてくれるだろうと思っていた。
1杯目はいつも通りだ。トッピングは最低限にして極力シンプルなラーメンにした。豚バラ肉はそのままにしたが、あくまでもおかわりするのは麺だけなので障害になることはないだろうと思った。2玉目も普段と変わらない。いつも最低1回は替え玉を注文しているから特別なことをしている感覚はない。美味しく食べられる範疇だ。しかし3玉目からは少し様子が違ってくる。お腹一杯になった感覚が強くなるのだ。でもお腹がどうしても空いていれば3玉食べることは時々あるから大きな問題ではなかった。そして未踏の4玉目に突入した。満腹感とは別でもう一つ食べ進める上で問題が浮上した。それは替え玉を丼に入れる度にスープの味が薄くなるということだ。替え玉選手権開催中は3回ごとにスープを足すことができたらしいが、その日は既に期間外。スープだけを注文するという選択肢はなく、僕が個人的に勝手にやっていることなので例外としても扱われなかった。
いくら替え玉を注文し続けようが、ただ自分の腹が膨れるだけで他に僕が得る物は何もない。それは店員も当然分かっているはずだ。それでも一緒に来店した客のスープを分けてもらってまで食べ続ける僕のことをどんな風に見ていたのだろうか。どう思われようと構わなかった。誰もそのことを認めてくれなかったとしても、どんな結果であれ挑戦して自分が満足すればそれでいいと思っていた。5玉、6玉と食べ進めていくと、味だけではなくスープ自体の色も薄くなっていることに気付く。もうラーメンを味わうという段階を通り過ぎてしまって、ただ運ばれて来て丼に放り込んだ麺を口に運び続ける作業を繰り返すだけになっていた。下腹部が膨らんで苦しい。とっくの昔に感じていた満腹感を何とか振り切っていこうとしたが、結局9回が僕の限界だった。
仮に本番だったら9玉が多いのか少ないのかというと、優勝者には届かないとのことだった。でも店員は感心していたようだし、一緒に来店した仲間も「すごい!」と言ってくれたからそれでいいと思った。言っておくが僕は大食いが趣味ではない。最後の一口まで美味しく食べたいと常に思っている。