ししゃもの塩気
最近よくししゃもを買って食べるようになった。大人になって食べ出したわけではない。実家で母が用意してくれた夕食にも頻繁に出ていた。香ばしい匂いがする焼きししゃもや、さくさくの衣と細かくぷちぷちとした卵の食感のギャップが特徴的な揚げししゃもをよく食べた記憶がある。揚げ物は一人暮らしではやったことがないし、上京してからも行っていない。単純に後片付けが手間だと思っているからなのだけど、ししゃもを焼くだけなら大きな手間は掛からないし、火を通して焼くだけなので調理方法もシンプルだ。そしてシンプルな割には塩気があって美味しい。魚丸ごと1匹にかぶりつくわけだけど、骨がつっかえたりすることもない。買う場所によって多少身の付き方は変わるけど、値段も手頃だからおかずにしやすい一品だ。
毎日同じスーパーで同じパッケージの商品を買うから、味もほぼ毎回同じだと当たり前のように考えている。ししゃもだって毎回味が変わることはないと思っている。けど最近一度そうではないことがあった。1週間に2日、夕食にししゃもを焼いたことがあった。ご飯のお供がししゃもだけでは頼りないと思って、いつも玉子焼きを作って添えている。フライパンに味付けして溶いた卵の半分を流し入れて端が固まるのを待つ。少しずつ外側から剥がしたら、片方から丸め始める。半分まで丸めたら、丸め始めた方向に全体をずらして、空いたスペースに残りの溶き卵を流し入れる。後は固まっていない卵が漏れ出さないように注意しながら形を整えるだけだ。
玉子焼きとししゃもという質素な組み合わせでご飯と味噌汁を頂く。ししゃもは頭からお腹の半分くらいまでを一気にかじる。ちょうどお腹の卵半分くらいが口に入る位置だ。お腹半分と尻尾だけになったししゃもを食べた後には白米を口に入れる。ご飯に魚の塩気が絡まってちょうどいい塩梅だ。いかの塩辛やごま塩とも違う塩気。卵の食感も心地いい。焼いている途中で皮が破裂していくらかは流れ出てしまうのだけど、それでも大半はそのまま留まっている。しっかり火は通したいけど、焼き過ぎると今度は水分が飛び過ぎてしまう。焼くことは簡単でも、美味しく焼くのは簡単なことではない。できることなら七輪の網の上に置いて、炭火で炙って食べてみたいと思っている。
数日前に一度買ったししゃもと同じパッケージの物を再度買って食卓に並べた。見た目は前回とほとんど変わらない。その魚達の目は白く、身体の表面は何者かに水分を奪われてしまったような見た目だった。コンロで火を通して皮が破れすぎないように気をつけながらガラス窓を覗いた。コンロ上部を青い炎が長方形の形で囲んでいる。その熱を下の網で横たわってじっとしているしかないししゃも達が浴びている。頭の部分から元々少ない身体の水分が更に飛ばされていくようだった。魚の表面の皮が破れて卵が飛び出そうとしている。一気に焼かれてしまわないように気を付けていても、火を消してしまわなければ徐々にししゃもは細り出す。コンロからトレイを引き出す度に香ばしい匂いが食欲を刺激していた。充分に火が通った後に皿に盛り付けた。レモン果汁でもあればとは思ったけど、魚の持つ塩気だけでも不足がないことは分かっていたから、そのままテーブルに運んだ。
最初の1匹を箸で掴んだ。やはり頭から食べ始める。何度か噛んでいる間に前回よりも塩気が足りない気がした。足りないというよりも塩気をほとんど感じない。過去に食べたどのししゃもよりも味が薄いと思ったし、僕の味覚がおかしくなったのかと一瞬思った。でもご飯の隣に置かれたお椀の中の味噌汁を啜ると、味噌の塩気はちゃんと感じることができた。どのししゃもも同じような塩気があるとは限らないのかもしれない。魚だからといって、その身に全て塩気があるとは言えない。海だけではなくて河川で泳ぐ魚だっているからだ。その時のししゃもには塩気が足りなかったけど、シンプルな焼きししゃもと玉子焼きでも家で食べるご飯が美味しいことに変わりはない。