マーブルクッキー
いつも食材を買っているスーパーは今月の中旬から大掛かりな改装工事を行っていて、近くを通ると重機がアスファルトを砕く音を響かせて、抱っこ紐の中で寝息を立てていた息子が驚いて目を覚ます。近くに工事期間中限定で仮店舗がオープンしたから行ってみたけど、売り場が元々の店よりも狭くなっているから、どうしても今まで買えていた商品が買えないことになる。同じ床面積が確保できない以上、それは仕方がないことなので別の場所で足りない物を買うという選択肢を取らざるを得ない。外壁の色は改装工事前から塗り替えられていて、今までもよりも落ち着いた見た目になったけど、店内の様子はさすがに工事が終わるまでは覗けないだろう。品揃えに関しては特に不満な点はないから、店内の移動のしやすさと決済手段を増やして欲しいというのが僕の希望だ。
三省堂書店が入る建物の1階にあるスーパーに最近よく通っている。どことなく僕の地元のスーパーに雰囲気が似ていて、東京で買い物をしているという感覚はあまりない。天井が少し低い気がするけど、売り場の面積はおそらく工事中のスーパーよりも広いはずだ。ということはその分一通り買い揃える為に移動する距離も長くなる。でも通路が広いからカートを押しながらでも移動に苦労することはない。魚介類や肉類の品揃えは比較的少なく感じるが、特別買えない物はない。店内の表示物や装飾は地味だが、価格に関しては他店と比べても遜色ない値段だ。僕が気にしている決済手段も豊富で今のところ大きな不満はない。
2月14日が近付くに連れて、店内の装飾に赤やピンク色が使われるようになっていた。そしてレジの近くで派手に飾られた商品棚には、様々な種類のチョコレートが並べられている。買ってそのまま開けてすぐに食べられそうな物から、加工して手作りする為のチョコレート、そして流行りのキャラクターがパッケージを賑やかにしている物まで揃っている。チョコレートは時々買って食べることがある。ミルクチョコレートよりもブラックチョコレート派だ。チョコレート単体よりも、チョコを使ったお菓子を食べることの方が多い。クッキーの中にチョコチップが入った物が好きで、冷凍庫で冷やして食べるのがお気に入りだ。
実家で家族全員がまだ暮らしていた時、妹がよくクッキーを作って焼いていた。黄色と茶色のマーブル模様で棒状に伸ばされた生地が、冷凍庫に何本も横たわっていたのを覚えている。台所のテーブルに大皿で盛られているのを摘み食いしていた。焼きたてかどうかは見た目では分からない。口の中に放り込む前に指先から熱を感じる。僕はお菓子を作るのは得意ではない。お菓子以外の料理ならある程度はできると思っている。お菓子のように気軽に作って学校に持って出かけ、誰かと交換し合える物は作ったことがない。母はよくシフォンケーキを焼いた後に、父が酒を飲み終わった後の空瓶をひっくり返して、真ん中に穴の開いた型を通してケーキを冷ましていた。バレンタインの時期かどうかは関係なく、暇があれば一時それを繰り返し焼いていた。
チョコレートを一つでももらえると、それが相手から異性として認められている証のように思っていた時期があった。もらえるチョコレートの数が多ければ多いほど、異性からより好かれている証だと思っていた時期もあった。2月14日の朝に目覚めてから夜眠りにつくまで、そわそわしっ放しだった日もある。小学生の時は近所に住んでいた同級生の女の子が、家までチョコレートを持って来てくれていた。他の子からもらったチョコレートの記憶はあまりない。でもそのうちに一つももらわなくても何とも思わなくなった。少し寂しい気持ちにはなるけど、自分の価値はチョコレートでは決められないと思うようになったし、義理チョコや友チョコという言葉を使い出して、バレンタインはチョコレートを楽しみで交換し合う日になったような気がしていた。結局のところは皆がそれぞれ自分の思うように2月14日を過ごせばいいということだ。
何か行動を起こすにはきっかけがあった方が、自分で自分の背中を押しやすい。普段中々言えない気持ちも、チョコレートを添えれば思い切って伝えられるのかもしれない。