鬼の目にも涙

 僕の祖母には、いとこを含めると8人の孫がいる。僕が8人の中で一番年上だ。8人とも成人していて、所帯を持って子育てに励んでいる人もいる。祖母は、僕らがまだ小さかった頃からよく面倒を見てくれて、孫が多くて大変だと嬉しい悲鳴を上げていたらしい。海外含め、あちこちに旅行に行くのが好きで、帰ってくる度にお土産を取りに行っていた。大抵は僕の苦手な和菓子なので、手を付けた覚えはあまりないのだが。

 祖父は僕が家まで行くと、大体緑茶を飲みながらマラソンや駅伝を見ている。活発に外に出ているイメージはなく、かと言って静かな人でもない。いつも訪ねると、お菓子を食べるかと勧めてくる。そのお菓子と、祖母の煎れる熱い緑茶が定番だ。孫が集まって家に泊まった時は、祖父が順番に風呂に入れてくれた。身体を洗う時には、なぜか硬めのスポンジを泡だてて結構な力で擦ってくる。子どもながらかなり痛かったのを覚えている。

 以前、祖父が入院することがあった。簡単な手術だったのだが、病院で手術前に皆で声を掛けて祖父を送り出した。祖母は手術室に向かうエレベーターの扉前まで付き添っていた。ベッドに祖父は静かに横になっていて、祖父の頬に優しく手を触れている祖母は、ハンカチで涙を拭っていた。普段から仲が悪かったわけではない。でも祖父母の馴れ初めや、結婚に至った詳しい経緯は聞いたことがなかった。冗談で鬼の目にも涙なんて言っていたのに、僕らはその光景を遠くから静かに見つめていた。そこにふたりの本当の姿を見た気がした。

 いつか祖母に、祖父との関係についてやんわり話をしたことがあった。詳しく聞き出そうとしたわけではない。何となく話の流れでそうなっただけ。祖母曰く、ここまで来るのに色々あったけど、やっぱり祖父と一緒になってよかったと微笑んでいた。僕が祖父母の年齢に達するのはまだまだ先の話。そこまでにトラブルは色々とあるだろう。もしかしたら何もないかもしれない。いずれにしろ、後50年かそこら経った時も、妻とふたりで生きていたい。彼女でよかったと今の気持ちのまま、その時も思っていたい。

 現在はというと、祖父母ともに元気にやっている。去年の年末に、いとこの結婚式があって、久し振りにいとこ8人と親戚が集まった。皆生活する場所や環境は違えど、昔のように屈託ない笑顔を浮かべてお互いの近況を報告し合い、祝いの席を心から楽しんだ。最近、祖母がまた誕生日を迎えて歳を重ねた。スマホでおめでとうのメッセージを贈った。「いつ何があるかわからないからね」と返事をくれたけど、まだまだ元気でいてほしいと願っている。

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