まだ追いかけない

 去年息子が生まれた後、弟家族が家を訪ねてくれたことがあった。弟と嫁さん、そして姪っ子が僕の息子に会うのはその時が初めてのことだった。前日だったと思う。LINEでメッセージが送られてきて、何か必要な物はないかと聞いてくれた。下北沢でも育児用品はある程度揃えられるから、急を要して何かすぐに必要な物はなかったけど、余分にあって困る物はないから幾つかお願いした。当時から僕が住んでいる部屋は賃貸で、駐車場は備わっていない。そして駐車場を別で契約するとなると、今の収入ではまだ余裕がない。だから弟達が来てくれる時も、有料の駐車場を探してもらわなければならない。本人達も分かった上で来てくれるのだから、こちらとしてはとてもありがたいことだ。「もうすぐ着くで」と当日に連絡が来て、玄関のチャイムが鳴るのを待っていた。

 確かその時だったと思う。最近まで部屋の押し入れの端っこに置いてあったアンパンマンのおもちゃを弟がくれたのは。なぜ最初から使っていなかったかと言うと、もらった時にはまだ息子は身体を自分で前に進めることができなくて、そのおもちゃではうまく遊ぶことができなかったからだ。アンパンマンは両手を前に突き出して空を飛んでいる姿勢になっている。原作通り着色されていて、誰が見てもアンパンマン以外に見間違えることはないはずだ。両手の間には水色と白の縞模様の球体が挟まれていて、クルクルと回転する構造になっている。アンパンマンのお腹の部分にはプラスチック製の車輪に、ゴム製のリングが付けられていてタイヤの役目をしている。大きな物が二つアンパンマンの胸側にあって、プラスチックだけの小さな車輪が一つ脚側に付いている。

 試しに僕がアンパンマンを押したり引いたりしようとしても、滑らかには動かない。単純に触って遊ぶタイプの物ではないみたいだ。揃えられた両脚の間から、先端に輪っかの付いた紐が出ている。どうやらそれに何か仕掛けがあるようだ。輪っかに指をかけて引っ張ってみる。すると無理矢理何かを巻き戻すような音と共に、紐が伸ばされて15cm弱のところでそれ以上引けなくなった。手を離すと少しだけ紐が勝手に戻り、それ以上は動かなくなる。紐が伸びたままのアンパンマンを床に置いて、背中の部分を押してみる。すると車輪を動かすギヤの音と共に、勝手に前方に進み出した。50cmくらい進んだところで、アンパンマンはピタッと動きを止めてその場で静止している。でも1回動かしただけでは紐が完全に戻っていないので、何回か同じように動かすことが可能だ。

 梱包された箱にも写真付きで解説が載っていたけど、そのおもちゃの用途は、ハイハイをし出す月齢の子どもがアンパンマンの背中を自分で押して前に進んだ後に、自分でそれを追いかけることを想定している。なのでずり這いもまだできない息子が楽しむには時期相応ではないと思った。安全であれば好きなように遊べばいいと思っていたから、自分でうまく動かすことができなくてもアンパンマンに触って興味を持ってくれたらと思った。でも突然動き出すおもちゃの動きに驚いたのか、自分から触ろうとすることはなかった。息子の方向にアンパンマンを走らせたけど、距離を見誤って彼の手に当たってしまい泣かせてしまったのも良くなかったと思う。寝返りは自分でできるようになっていたから、もう少し自由に身体を動かせるようになる時までしまっておくことにした。

 一段ずつ階段を自分のペースで登っていたと思ったら、ある日突然数段飛ばしでできることが増えていく。気付いた時にはじりじりと床を這いながら自分で行きたいところまで移動するようになっていた。まだアンパンマンを自分で捕まえて紐を引いて動かすほど器用ではないけど、目の前にあるおもちゃに近付くことくらいはできるだろうと思えた。久しぶりに箱からアンパンマンを取り出して息子の反応を見てみる。怖がってはいなさそうだ。目の前に置くと躊躇することなく自分から手を出している。頭の部分を手の平で何度か触ったり、紐の先に付いた輪っかを掴んでいる。弟にも見せたいと思った。きっと喜んでくれると思う。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

未分類

前の記事

DAIKINを運んで
未分類

次の記事

それを使う人の為に