DAIKINを運んで
2018年の3月のことだった。僕がそれまで使っていたiPhone 7からiPhone Xに機種変更をした後のこと。iPhone 7を郵送で下取りに出すと、キャリア側で検品して問題なければ機種ごとに定められたポイントが後日もらえることになっていた。例年なら9月頃には新しいiPhoneが発売されるのだけど、その時は発売が遅れていた。ようやくポイントがもらえたのが確認できたので、それを使って加湿空気清浄機を買おうと思い立った。加湿器だけならそれまでにも購入したことはあったけど、部屋の中の花粉や埃も何とかしたいと思っていた。当時から今まで、住んでいる部屋の湿度が極端に低くなることはなかったので、空気を綺麗にするのが主な目的だった。
使い始めてから3ヶ月と少しが経過したiPhoneをポケットに入れて、千代田線に乗り込んだ。築地に寿司を食べに行ったり、日比谷周辺へ時々出かけるくらいで、頻繁に使う路線ではなかった。そしてその時の行き先はそれまで僕が行ったことのない場所だった。いつも降りる千代田線の駅よりもずっと先まで電車に乗ったまま目的地に近付く。地下を走っていた電車が地上に顔を出す。太陽の光が眩しい春の日だった。亀有で電車を降りて、近くの電化製品店へ入った。溜めていたポイントを使って、その店舗で買い物ができることは事前に確認した上で出かけた。保有しているポイント以上に溢れた分は、自分の財布から出すことに決めていて、売り場に並んでいる商品を順番に確認していく。
各商品の性能にどれくらいの差があるかは、僕には具体的に分からない。同じ価格帯の物を見比べ、タグに書かれている数字の違いは分かるけど、それらが実際に部屋で使って感覚としてどう違うかを知る術はなかった。部屋のエアコンはパナソニック、扇風機もパナソニックだが、パナソニックを贔屓にしているわけではない。賃貸だからエアコンは自分で選べないし、扇風機は価格が手頃な機種を選んだというだけの話だ。僕が想定していた予算内で、かなり良さそうなダイキンの空気清浄機を見つけた。部屋の広さに対しても余裕の性能を発揮してくれそうだったから、商品名が書かれたカードをレジまで持っていった。万が一ポイントは使えないと言われたらどうしようかと考えながら歩いていた。
iPhoneの画面を提示してポイントを使いたい旨を伝えた。すると直接そのまま使うことはできないから、会員登録をしてからになると説明を受けた。使えないと言われたわけではないのに、手間だなと思った。会員登録やら何やらとなると、大抵IDとパスワードの作成を求められる。物理的な会員証で財布を圧迫することはないにしても、結局自分で情報を覚えておかなければならない。カードの枚数を減らしても、店に出かけて買い物をする度に思い出さなければならないのは億劫になる。でも今回はそうも言ってられない。1時間弱も電車に揺られ続けてきたから、絶対に買って帰りたかった。スマホ上で基本的な情報を手早く入力して、ポイントが使えるようにする手続きを店員の案内で進めた。ポイントだけで賄えなかった分は財布の現金で支払った。
3月の終わり頃だったと思う。今はまだ2月だけど、既に上着がいらないくらい暖かい日もあるくらいだ。月を跨いでいれば更に薄着でちょうどいい時期だったかもしれない。商品を配送してもらうという手段もないわけではなかったが、自分で持って帰れるだろうと安易な考えで梱包された段ボールと一緒に店を出た。そして案の定、箱の重さに苦労することになった。店が駅から遠くなくて良かったし、家が最寄駅から遠くないことも良かったと思う。それでももう一度同じように運べと言われたら間違いなく断る。電車に乗り込む頃には既にシャツは汗で湿っていて、額を拭っていた。何度も電車を乗り換える必要はなかったけど、最寄駅に到着するまでの間に何度も停車する電車の中で、自分の決断を恨んだ。
それから約3年が過ぎた今も、そのダイキンの空気清浄機は絶賛稼働中だ。家で使い始めて分かったことだが、対応している床面積は50㎡だった。部屋の床面積は約30㎡なのでややオーバースペックだ。でも足りないよりは良いと思って、今も使い続けている。青い光のデジタル表記が湿度を伝えてくれる。息子が寝静まる頃にはそれが目にはうるさいから、表示だけ切って寝る。エアコンが暖めた空気をサーキュレータが掻き混ぜる。そして僕が眠っている間も、ダイキンはそれを吸い取って吐き出し続けている。