バウンサー
押し入れの中の、向かって一番右側の壁にバウンサーを立て掛けている。特別な機会にしか着用しないフォーマルスーツや、季節物の厚手の上着が掛かっているハンガーの横の壁だ。その壁の向こうはおそらく位置的にベランダになっていて、冬は壁に触れると外の寒さを感じられる。壁が薄いのかもしれない。梅雨の季節にその壁が濡れているのを見つけた。少なくない量の水を掛けたような滲みができていた。部屋の中の湿度も当時はかなり高くて、元々湿気がこもりやすい建物なのかもしれないと思っていた。そして去年漏水しているのが分かって工事を行い、それ以来その壁には何の異変も起きていない。押し入れの床に念の為に置いている除湿剤があるが、その中に水が溜まる期間が長くなっている。そしてバウンサーはそのすぐ側だ。
息子が生まれて自宅で一緒に生活し始めてから数週間経った頃、そのバウンサーに乗せてみた。4kg足らずの彼の体重でも、バウンサーはゆったりと弾んでいた。背もたれの高さは3段階で調節が可能になっている。もちろん最初は一番低い位置にしたまま、息子の様子を伺っていた。不思議なそうな顔をしている。自分がどこで毎日起きて寝て泣いているのかすらはっきりとは分かっていないのに、今度はグラグラと揺れて不安定な物の上で横になっている。快適そうではない。手足を動かさずにじっと何となくこちらに視線を向け続けるだけだ。そして強ばった顔の表情がすぐに崩れて、不安を振り絞るように泣き出していた。背面はメッシュの生地になっているが、身体が小さいからか生地が余って見えていた。
数日に1回くらいの頻度で、さながらハンモックのようなそのバウンサーに乗せて少しずつ慣れてくれたらと思った。何度か繰り返していると、泣き出すことは少なくなった。でも相変わらず快適とは言えない表情を見せ続けている。時々背もたれの端を軽く押さえた後に、手を離して揺らすのだけど、楽しむどころか怖がらせてしまうようだ。機嫌が悪いとそれが原因で泣き出してしまう。僕がもしハンモックに寝転がっていて突然揺れたら、驚きつつ少しは楽しいと思うのかもしれないけど、子どもが同じように感じるかどうかは別の話だ。色々と試したいと思うけど、気が早いと息子を怖がらせるだけだなと反省もした。親である自分が息子に何をして欲しいかよりも、彼自身が何をしたら楽しいのかを考えることが必要だと思う。
身体が大きくなるにつれて、バウンサーの角度も少しずつ起こしていく。身長も伸びているし体重も増えているから、背もたれを起こしても身体の重みで傾斜が変わらなく見えることがある。一番高い位置にしているはずなのに、何だか身体の位置が低いと思うことがかなり増えていた。離乳食が始まってからはバウンサーに座らせて食べさせているけど、かなり身体が寝そべっているから食べ辛いかもしれない。大人だって身体を斜めにしたままでは喉を通り辛いはずだ。普通の椅子に座らせるという選択肢も検討しようかと思っている。ゆらゆらと揺れている感覚が赤ちゃんには気持ちが良いとどこかで読んだことがあるけど、赤ちゃんによっては快適とは感じない場合もあると思う。乗せた状態で眠ることは一度もなかった。月齢を重ねるごとに乗せて落ち着いている時間が長くはなった。バウンサーが小さくなったように感じる。
昼間は折り畳んで窓の側に置いている。息子が最近動き回るので、簡単なバリケード代わりにしている。伸び伸びとどこまでも自由に、と言える豪邸に住みたいと思ってはいるが、今はまだ小さい部屋だ。ガラス窓に阻まれるし、壁にも簡単に阻まれる。一箇所に留まることはなくて、授乳とおむつを交換する時以外は絶えず動き続けている。それがいつ大人しくなるのか。そもそも大人しくなんかならないだろう。少なくとも僕が生きている間は。僕自身も、歳を重ねても小さくまとまってこじんまりとはしていたくない。いい加減にしろ、くらいは冗談でも子どもに言わせてみたいと思う。