やることがない、それ自体がない

 決して悲観しているのではない。なぜならこの状況を作っているのは、他でもない自分自身なのだから。手持ちぶたさだと感じる日は1日もなかった。去年の夏前に息子が生まれてからずっとそうだ。最初の頃は、それがいつまで続くのだろうとネガティブな気持ちになったこともあった。そんな時は、何もかもがうまくいく未来のことだけを考えたくなるけど、次の瞬間にはそんな都合のいい話はないんだろうなとも思っている。何より目の前にいる小さな命の、今その瞬間を見逃さないように向き合わなければと何度も強く思い直した。自分がやらなければならない、ではなくて自分達にしかできないことだと強く信じている。僕のお腹は少しも痛んでいないけど、お腹とは違う場所が痛かった。新しい命が生まれてくるということは、無風で穏やかな日々ではない。

 最近始まった隣の建物の外壁工事で、元々直接太陽の光が差し込まない部屋は、余計に陽当たりが悪くなったような気がしていた。本当はカーテンの隙間から、はっきりとした線ができるような強い光を浴びて目を覚ましたいけど、そればっかりは僕の力ではどうしようもない。カーテンを静かに開けると、窓の外には足場が組まれている。まだ職人さん達はいないようだ。外壁に何をしようとしているのかは知らないが、足場の上をすたすたと歩く彼らと目が合うような気がしてカーテンを少し引いた。こちらに背中を向けた彼らが中腰になって、何やら作業を続けていた。いつまでも彼らの姿を眺めているわけにはいかない。彼らを見る為にカーテンを開け放ったのではない。

 部屋の中に光が入ると、いつも通り息子が声をあげている。機嫌が良さそうだから、そのまま一人遊びをさせている間に、僕は洗濯機がある場所まで移動する。前日に洗い終わって乾燥させた衣服達が、ドラムの中で待っている。夜に使ったバスタオルと、床に置かれた洗濯カゴに入った衣類を一緒に突っ込んでしまう。ドラム式洗濯機のドラムで8分目くらいまで入れた後に扉を閉める。洗剤と柔軟剤を流し込んだら、残りの行程は洗濯機に任せる。乾いた洗濯物は息子の様子をそばで見ながら畳んでいく。僕は全然目が覚めた気がしていないのに、さっき目覚めたばかりのはずの息子の目が煌めいている。手伝うわけでもなく、次から次へと僕の手元にやって来ては畳まれていく衣服やタオルを何も言わずに眺めていた。横になっている妻に声をかけたら、熱いシャワーを浴びるのが日課だ。

 平日ならシャワーから出た後は、パソコンを取り出して電源を入れる。それはすぐに立ち上がっていつもの画面を僕に見せる。息子はパソコンにも興味津々といった具合だ。マウスを筐体横の端子に繋げる。テーブルから僅かに飛び出したケーブルに目を付けた息子の手が伸びてくる。ケーブルだけに限ったことではなく、僕が普段着ているパーカーの紐も掴んでくるし、コンセントから伸びたスマホの充電ケーブルにも手を伸ばしている。電子機器のケーブルは遊び道具にしたくないけど、パーカーの紐くらいなら掴んでくれて問題ないし、引っ張りたいだけ引けばいい。仕事が始まっても、息子の世話が続いていく。パソコンを置いているテーブルで、小皿に盛られた離乳食を食べているし、食べ終わって床に降ろしたと思っていたらすぐに足元まで転がって来る。僕が履いてるジーパンの表面を人差し指で突いたり、テーブルの下に入って1人で喋っている。テーブル全体が突然持ち上がったので何事かと思ったら、仰向けになった彼が両脚でテーブルを下から押し上げていた。いつの間にそんなことができるようになったんだろうと感心していた。

 僕はキーボードを叩き続けながら、合間に買い物に出かけたり少しずつ増えている絵本やおもちゃで息子と遊んでいる。自分達の食事をして、子どもを昼寝させることも忘れない。仕事が終わってパソコンを片付けた後は、風呂掃除をして布団を敷く。お湯はすぐに溜まってしまうから、先に自分が風呂に浸かって、すぐに風呂場で息子を迎える。身体を洗って髪の毛を洗って湯船に一緒に浸かる。服を着ている時よりも、息子の身体が大きく見える。シャンプーを流す時に顔にお湯がかかるとぐずり出すので、手早く済ませないといけない。でも実際は眠気を感じているはずの時間帯だから、顔にお湯を浴びるかどうかはあまり関係ないように思う。1日が終わる。あっと言う間に終わる。そして明日も続いていく。

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